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最高裁判所第三小法廷 昭和59年(オ)1204号 判決 1988年3月15日

上告人

具三否

上告人

中野すみ江

右両名訴訟代理人弁護士

安部千春

田邊匡彦

桑原善郎

被上告人

社団法人日本音楽著作権協会

右代表者理事長

芥川也寸志

右訴訟代理人弁護士

井上準一郎

主文

原判決中カラオケ演奏を伴奏とする歌唱による演奏権侵害を理由とする被上告人の損害賠償請求にかかる部分に関する本件上告を棄却する。

その余の本件上告を却下する。

訴訟費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人安部千春の上告理由について

原審の適法に確定したところによれば、上告人らは、上告人らの共同経営にかかる原判示のスナック等において、カラオケ装置と、被上告人が著作権者から著作権ないしその支分権たる演奏権等の信託的譲渡を受けて管理する音楽著作物たる楽曲が録音されたカラオケテープとを備え置き、ホステス等従業員においてカラオケ装置を操作し、客に曲目の索引リストとマイクを渡して歌唱を勧め、客の選択した曲目のカラオケテープの再生による演奏を伴奏として他の客の面前で歌唱させ、また、しばしばホステス等にも客とともにあるいは単独で歌唱させ、もつて店の雰囲気作りをし、客の来集を図つて利益をあげることを意図していたというのであり、かかる事実関係のもとにおいては、ホステス等が歌唱する場合はもちろん、客が歌唱する場合を含めて、演奏(歌唱)という形態による当該音楽著作物の利用主体は上告人らであり、かつ、その演奏は営利を目的として公にされたものであるというべきである。けだし、客やホステス等の歌唱が公衆たる他の客に直接聞かせることを目的とするものであること(著作権法二二条参照)は明らかであり、客のみが歌唱する場合でも、客は、上告人らと無関係に歌唱しているわけではなく、上告人らの従業員による歌唱の勧誘、上告人らの備え置いたカラオケテープの範囲内での選曲、上告人らの設置したカラオケ装置の従業員による操作を通じて、上告人らの管理のもとに歌唱しているものと解され、他方、上告人らは、客の歌唱をも店の営業政策の一環として取り入れ、これを利用していわゆるカラオケスナックとしての雰囲気を醸成し、かかる雰囲気を好む客の来集を図つて営業上の利益を増大させることを意図したというべきであつて、前記のような客による歌唱も、著作権法上の規律の観点からは上告人らによる歌唱と同視しうるものであるからである。

したがつて、上告人らが、被上告人の許諾を得ないで、ホステス等従業員や客にカラオケ伴奏により被上告人の管理にかかる音楽著作物たる楽曲を歌唱させることは、当該音楽著作物についての著作権の一支分権たる演奏権を侵害するものというべきであり、当該演奏の主体として演奏権侵害の不法行為責任を免れない。カラオケテープの製作に当たり、著作権者に対して使用料が支払われているとしても、それは、音楽著作物の複製(録音)の許諾のための使用料であり、それゆえ、カラオケテープの再生自体は、適法に録音された音楽著作物の演奏の再生として自由になしうるからといつて(著作権法(昭和六一年法律第六四号による改正前のもの)附則一四条、著作権法施行令附則三条参照)、右カラオケテープの再生とは別の音楽著作物の利用形態であるカラオケ伴奏による客等の歌唱についてまで、本来歌唱に対して付随的役割を有するにすぎないカラオケ伴奏とともにするという理由のみによつて、著作権者の許諾なく自由になしうるものと解することはできない。

右と同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、これと異なる見解に立つて原判決を論難するものであつて、採用することができない。

なお、上告人らは、原判決中カラオケ演奏を伴奏とする歌唱による演奏権侵害を理由とする被上告人の損害賠償請求を除くその余の請求にかかる部分については、上告理由を記載した書面を提出しない。

よつて、民訴法四〇一条、三九九条、三九九条ノ三、九五条、八九条、九三条に従い、上告理由に対する判断につき、裁判官伊藤正己の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官伊藤正己の意見は、次のとおりである。

私は、原審の確定した事実関係のもとにおけるカラオケ演奏に関して、上告人らは演奏権侵害の不法行為責任を負うものであるとして、右不法行為に基づく被上告人の損害賠償請求を認容した原判決は是認することができるとした多数意見の結論には賛成するが、その結論に至る理由づけには同調することができない。その理由は、以下のとおりである。

多数意見は、上告人らがその共同経営にかかるスナック等において、カラオケ装置とカラオケテープとを備え置き、ホステス等従業員においてカラオケ装置を操作し、客に曲目の索引リストとマイクを渡して歌唱を勧め、客の選択した曲目のカラオケテープの再生による演奏を伴奏として他の客の面前で歌唱させ、また、しばしばホステス等にも客とともにあるいは単独で歌唱させ、もつて店の雰囲気作りをし、客の来集を図つて利益をあげることを意図していたという原判示の事実関係のもとにおいて、ホステス等が歌唱する場合だけでなく、客のみが歌唱する場合についても、その演奏(歌唱)という形態による音楽著作物の利用主体は営業主たる上告人らであると捉え、その演奏は営利を目的として公にされたものであるから、右演奏につき被上告人の許諾を得ていない上告人らは、当該演奏の主体として演奏権侵害の不法行為責任を免れない、とするものである。

私見においても、カラオケ伴奏によりホステス等従業員が歌唱する場合に、営業主たる上告人らをもつて、その演奏(歌唱)という形態による音楽著作物の利用主体と捉えることには異論はなく、また、ホステス等が客とともに歌唱する場合も、ホステス等と客の歌唱を一体的に捉えて利用主体は営業主たる上告人らであると解することができるであろう。しかしながら、客のみが歌唱する場合についてまで、営業主たる上告人らをもつて音楽著作物の利用主体と捉えることは、いささか不自然であり、無理な解釈ではないかと考える。多数意見は、客のみが歌唱する場合でも、前記のような店の従業員による歌唱の勧誘、上告人らの備え置いたカラオケテープの範囲内での選曲、上告人らの設置したカラオケ装置の従業員による操作を通じて、上告人らの管理のもとに歌唱しているものと解され、他方、上告人らは、客の歌唱をも店の営業政策の一環として取り入れるなど営利を目的としているとして、客による歌唱も著作権法上の規律の観点からは上告人らによる歌唱と同視しうるというのであるが、店の従業員による歌唱の勧誘等、多数意見の挙げる右の各事実を考慮しても、客は、上告人らとの間の雇用や請負等の契約に基づき、あるいは上告人らに対する何らかの義務として歌唱しているわけではなく、歌唱するかしないかは全く客の自由に任されているのであり、その自由意思によつて音楽著作物の利用が行われているのであるから、営業主たる上告人らが主体的に音楽著作物の利用にかかわつているということはできず、したがつて、客による歌唱は、音楽著作物の利用について、ホステス等従業員による歌唱とは区別して考えるべきであり、これを上告人らによる歌唱と同視するのは、擬制的にすぎて相当でないといわざるをえない。

私は、カラオケ演奏については、右のようにカラオケ伴奏による歌唱の面で捉えるのではなく、カラオケ装置に着目し、カラオケ装置によるカラオケテープの再生自体を演奏権の侵害と捉えるのが相当であると考える。著作権法(昭和四五年法律第四八号をいう。但し、昭和六一年法律第六四号による改正前のもの。以下同じ。)附則一四条は、適法に録音された音楽の著作物の演奏の再生については、放送又は有線放送に該当するもの及び営利を目的として音楽の著作物を使用する事業で政令で定めるものにおいて行われるものを除き、当分の間、「音ヲ機械的ニ複製スルノ用ニ供スル機器ニ著作物ノ適法ニ写調セラレタルモノヲ興業又ハ放送ノ用ニ供スルコト」は「偽作ト看做サス」とする旧著作権法(明治三二年法律第三九号をいう。以下同じ。)三〇条一項第八号の規定は、なおその効力を有する旨規定し、これを受けて著作権法施行令(昭和四五年政令第三三五号をいう。以下同じ。)附則三条一号は、右にいう「政令で定める事業」として、「喫茶店その他客に飲食をさせる営業で、客に音楽を鑑賞させることを営業の内容とする旨を広告し、又は客に音楽を鑑賞させるための特別の設備を設けているもの」を挙げているところ、多数意見は、カラオケ装置の設置は「客に音楽を鑑賞させるための特別の設備を設けているもの」には該当しないとするものと解されるが、カラオケ装置は、カラオケテープを再生することにより客がこれを伴奏として公衆に直接聞かせるべく歌唱するための特別の設備であるから、かかる予定のもとにスナック等にカラオケ装置を設置することは、右にいう「客に音楽を鑑賞させるための特別の設備を設けているもの」そのものに当たるということはできないとしても、これに準ずるものとして、営利目的のカラオケ装置によるカラオケテープの再生については著作権法附則一四条による旧著作権法三〇条一項第八号の規定は働かないものと解するのが相当である。著作権法制定当時は今日のようなカラオケ装置の普及は予想されていなかつたため、著作権法施行令附則三条は、カラオケ装置を念頭に置いた規定の仕方をしていないが、音楽の提供が直接収益に結びつかない事業に限つて旧著作権法の規定を当分の間適用することとした著作権法附則一四条ないし著作権法施行令附則三条の立法趣旨に照らすと、右のように解することは、むしろ立法趣旨にそつた解釈と考えられるからである。

(裁判長裁判官坂上壽夫 裁判官伊藤正己 裁判官安岡滿彦 裁判官長島敦)

上告代理人安部千春の上告理由

原判決は法律解釈適用を誤ったものであり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、破棄されるべきである。

一、原判決は、カラオケ伴奏による歌唱についても演奏権を侵害するものと判断している。

原判決は何故演奏権を侵害するのか、その理由は明示されておらず、演奏の主体性が店側にあり、かつ営利を目的としていることを理由としているようだが、原審で上告人が争ったのは演奏の主体についてではない。原判決は争点をみごとに逸らしているような気がする。

本件はマスコミも大きく取り上げた事件であり、最高裁判所が上告人の主張に対して正しい判断をされることを希望する。

原判決は明らかに法律解釈適用を誤ったものである。その理由は次のとおりである。

二、適法に録音された音楽の著作物の演奏の再生は、レコード演奏が主たる営業の内容あるいは不可欠の要素となる営利事業以外は自由に利用できる(著作権法附則一四条、同法施行令附則三条)。

旧著作権法には全くこうした制限がなかったので、経過措置として附則一四条は立法されたものである。

カラオケの伴奏自体は著作物の演奏の再生である。従って、本件のようなスナックでは自由利用の範囲内であり、演奏権を侵害することにならない。ところが、被上告人は、客やホステスがカラオケ伴奏によって歌う歌唱は演奏権を侵害すると主張している。

しかしながら、カラオケの伴奏による歌唱の中心はカラオケ伴奏である。客やホステスの歌唱はあくまで従である。

新法は著作権附則一四条によって主たる営業の内容、あるいは不可欠の要素となる営利事業では著作権の侵害となり、その他は自由利用として新法と旧法とのバランスをとっていることから考えれば、カラオケ伴奏が自由利用できるなら、その伴奏で歌う歌唱もその自由利用の範囲内の行為であると考えるべきである。

本件スナックでは、カラオケを使用する以前は生演奏に合わせて客やホステスが歌唱していた。このときに被上告人は生演奏と歌唱とを分離してそれぞれが著作権侵害になると主張していたわけではない。被上告人は生演奏が著作権侵害になると考えていたし、少なくとも生演奏と歌唱を一体として著作権侵害と考えていた。

ところが、カラオケの場合には伴奏が自由利用できるから、今度は歌唱にのみが著作権侵害になると主張している。もちろん著作権の立法論としてこのようなカラオケ伴奏による歌唱について著作権侵害と考え、著作料を払わせるようにすることも可能であろうが、少なくとも現行著作権法には附則一四条において適法に録音された音楽の著作物の演奏の再生について旧法とのバランスをはかっている以上、本件のような再生のテープの伴奏による歌唱についてまで著作権侵害とすべきではない。

三、著作権の判決として、最高裁昭和三八年一二月二五日の判決がある(最高裁判例解説民事篇昭和三八年度四二一頁)。

「著作権法三〇条は、一定の場合に限って著作物を公益のために広く利用することを容易ならしめる目的で、同条一項各号の方法により著作物を複製することは偽作とみなさないものとした法規であり、同法二二条ノ七の録音物著作権についても、右三〇条一項八号により興行又は放送の用に供することは偽作とならないものとされているのである。

そして、右の如く著作物の利用を許容するのは一定の場合の利用に限定しており、かつ同条二項において、その利用の場合は利用者に出所明示義務を負わせて著作権者の保護をもはかっているのである。すなわち、同条は、所論一項八号の規定を含めて、著作権の性質に鑑み、著作物を広く利用させることが要請され、前記のような要件のもとにその要請に応じるため著作権の内容を規制したものであって、憲法二九条二項にそうものであり、これに違反するものでないということができる。

右のような場合に、憲法の同条項により財産権の内容を公共の福祉に適合するように法律をもって定めるときは、同条三項の正当補償をなすべき場合にならない。」として、裁判官全員一致の意見で、論旨理由なしとの判決を言い渡した。

カラオケが普及したのはカラオケテープの販売によるものであり、カラオケテープにはすでに著作権使用料を支払っている。従って、著作権の保護は充分に行われている。

音楽著作権の性質から考えると、著作物を広く利用させることが要請され、国民がカラオケテープの伴奏で歌う歌唱にまで使用料を取るのは妥当ではない。

原判決は、演奏の主体は店であり、店から使用料は徴収するのがよいと考えたのかも知れないが、その使用料は飲食料金として、あるいは直接客から使用料として店が徴収することになるだろうから、結局は客が払うことになるのである。本件の原判決について、朝日新聞等のマスコミが一面トップで取り上げたのも正にそこに理由がある。本件はスナック経営者と被上告人との争いではない。著作権協会がカラオケ伴奏に合わせて歌う客(=一般国民)から著作権使用料を取ろうとしているところに問題があるのであり、これは現行著作権法に違反している。

四、原判決は、著作権法二二条の演奏権を上告人が侵害したと判示している。

しかしながら、著作権法二二条は、次のように規定している。

「著作者は、その著作物を公衆に直接見せ、又は聞かせることを目的として演奏する権利を専有する。」

カラオケによる歌唱は公衆に直接聞かせることを目的としたものではない。カラオケによる歌唱は、何よりも本人が歌いたいという願望によるものである。営業主は、客のこの歌いたいという願望を満足させるためにカラオケ装置を設置しているのである。その著作物を公衆に直接聞かせる目的であれば、スナックには有線放送をほとんど設置してあり、これを店内に流せば目的を達成することができる。

客のヘタな歌でも聞いているのではないかとの反論もあろうが、カラオケの場合には聞いている客は自分の歌う順番がくるのを待つため仕方無しに聞いているのであり、聞くだけなら客はカラオケ伴奏による歌唱よりも有線放送による歌手の歌唱を好むものである。

カラオケ伴奏による歌唱を著作権法二二条による演奏などと判断するのは、あまりに無理な解釈である。

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